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2016年2月21日 (日)

旅の氷点 ・ ネコのさばきは突然にくる、あるいは 光陰的故事 指望 についてなど 1

ネコのさばきは突然にくる

 藤原新也さんが「全東洋街道」でだったと思うのですが、”旅の氷点”という表現を使っておられました。
 旅に出た当初は見るものすべてが輝いて見えるような熱狂の状態にあるのが、やがて何を見ても無感動になる時が来ることをそのように表現されていたのだと記憶しております。

 思えばここ数年、私は理由など無い熱狂の中におったのやもしれません。
今思うと理由など全く無いのですが、”日に千里を駆ける”ことが義務のように、一旦バイクで走り出すと本家中国における千里、500kmの距離を走って帰ることを繰り返しておりました。
 
 むぅ、根拠の無い熱狂が過ぎ去り、何処に行けば良いのか、何をすれば良いのかを見失い、ただ立ちすくむ頻尿と軽い尿漏れの中年おやじが即ち私であります。

京都府福知山市喜多

京都府福知山市大呂

京都府福知山市大呂

京都府福知山市大呂

京都府福知山市大呂

京都府福知山市大呂

 1枚目が 京都府福知山市喜多、源頼光さま御一行が大江山の酒呑童子を偵察する際に依ったという三岳山の麓の集落です。
 2枚目以降がそこよりさらに下った大呂という集落だと思います。
 これらの場所は実は私の住まいまする場所よりわずかな距離の場所です。

 楠みちはる さんの漫画「あいつとララバイ」の中で、暴走族の中のエラいヒトがメンバーらを指して「あいつらは一晩中走ってもどこへも行けない」と言っていたコマがあったと記憶しております。
 私も日に千里を駆けようと、何処へも辿り着けてはおらなかったのですなぁ・・・。
 さらに 東本昌平 さんの漫画「キリン」だったでしょうか?もしかしたら「バクダン」だったかもしれませんが「中国には”道”という考え方があって、どの道を通ってもそこに行くことは出来る。だが、そこがどこかわかっていないと決して辿り着くことは出来ない。」というようなセリフがあったと記憶しております。
 嗚呼、私こそは 無明の闇の中の凡夫、辿り着くべきは何処なのか考えてもおりませんでした。
 明日はどっちでありましょうか。


 

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