« カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 5 岡山県苫田郡加茂町青柳(津山市加茂町青柳) 室尾城趾古戦場碑 | トップページ | カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 7 お地蔵さま »

2015年9月 6日 (日)

カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 56 岡山県某所 下郎推参也

Simg_iphone3010_xr650r

 下郎推参也(げろうすいさんなり)は、低い身分のくせに呼ばれもしないのに勝手に押しかけてきた人を糾弾する言葉です。
 このたび私めはまさにその言葉のとうり不埒な行為をいたしました。

Simg_iphone3011_xr650r

 今年の五月に日本國有鐵道 因美線 美作加茂驛(JR 因美線 美作加茂駅)におきまして品のいいお婆さんと出会い、いろいろな話を聞かせていただいてその時の事をこのブログにも書いております。
 その時にこの方のだんな様が戦時中に士官候補生として、航空隊で南方の方へ行っておられたという話を聞かせていただいていて、これは是非にもだんな様のお話をお聞かせ願いたいと勝手な願望を抱き、勝手にお邪魔させていただくという暴挙に出た私です。

 お話を聞かせていただき、この方の長兄は満州移民団で獣医として働いておられたところを戦時中に応召となり、終戦間際の昭和20年8月13日に牡丹江省寧安県愛河陣地にて戦死され、奥様と二人の子供さんも翌年に三江省の収容所にて亡くなられたそうです。
 そして弟さんにあたる三男の方は海軍に志願、昭和20年4月7日に沖縄へ向かう戦艦 大和と運命を共にされ、23才で海没されたそうです。

 ここまで聞かせていただいて軽々しく下郎推参など戯けておった私は深く恥じ入り、お仏壇に焼香させていただきました。

 だんな様は尋常高等小学校卒業後、青年学校在学中の昭和14年春に志願、陸軍歩兵10連隊で満州の佳木斯(じゃむす)に駐屯されますが、太平洋戦争開戦の昭和16年に陸軍航空整備学校乙種学生として一旦内地(所沢)に引き揚げ教育を受けられたそうです。
 卒業後に再び渡満され、佳木斯第10野戦航空修理廠で主に偵察機の発動機の整備・修理を担当されたそうです。

 陸軍の偵察機と聞いてキ46・百式司令部偵察機が頭に浮かんだので聞いてみましたところ、双発の偵察機は整備した事はないとのことでした。

 マリアナ沖海戦など、絶対国防圏であるマリアナ諸島での戦闘が激化していた昭和19年6月20日に釜山を出航、門司、ボルネオを経由しシンガポールに到着されたそうですが、この時29隻の大船団は一隻の犠牲も出さずにシンガポールにまで辿り着いたそうです。
 これは恐らく満州の兵力を割いて来たるべきフィリピンでの決戦に備えた大移動だったのではないかと思うのですが、ご主人はフィリピンのルソン島へ進出した第10連隊主力とは離れ、シンガポールからは陸路でサイゴン(ベトナム)へ、ここで終戦まで航空機の整備にあたられ、昭和21年5月に広島県大竹市の引き揚げ港へ戻ってこられたそうです。

 サイゴンの飛行場で一度だけ米軍機による空襲を受けられたそうですが、双発の爆撃機が機銃掃射をしていっただけでたいした被害はなかったそうです。



 レシプロエンジンを積んだ飛行機が好きで、空冷復列星型18気筒 発動機などと言う言葉に激しく心揺さぶられる私は軽々しくそういうお話などお聞きしたいと考えてお邪魔したのですが、戦艦 大和の沖縄特攻で23才で亡くなってしまった弟さんのお話など聞いて、(´・ω・`)しょぼーん となってしまった私でした。
 時に戦後70年にあたる、広島への原子爆弾投下の日でした。

« カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 5 岡山県苫田郡加茂町青柳(津山市加茂町青柳) 室尾城趾古戦場碑 | トップページ | カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 7 お地蔵さま »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/97257/62225610

この記事へのトラックバック一覧です: カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 56 岡山県某所 下郎推参也:

« カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 5 岡山県苫田郡加茂町青柳(津山市加茂町青柳) 室尾城趾古戦場碑 | トップページ | カラビニエ 〜 不能説的・秘密 之 旅 7 お地蔵さま »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28