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2015年4月 7日 (火)

カラビニエ 〜 櫻花ヲ追フカノヤウナ道行キ 其の第4回

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 櫻花之旅 其の第4回です。

1

兵庫県丹波市市島町

2

川合橋バス停

 私の場合は単車などに打ち跨がり遠出などする際には、まずもってほとんどの場合に予定などは立てず、行き当たりばったりのその場しのぎでやってきております。
 つらつら慮るに単車の旅のみならず生き方そのものが行き当たりばったりのその場しのぎと言って良いかと思われます。
 思い返せば今は昔に過ぎ来し方、私もお若ぇ衆よと呼ばれた頃、そのような与太で出鱈目で出任せな身の処し方に起因いたしましてまわりの人様を傷つけ、 結果として我と我が身をも傷つけまして、回顧いたすに誠にもって人倫にもとる業の深い来し方をしてまいったものであると慚愧に堪えません。

 なんだか重い話になってしまっておりますが、今回も無計画に家を飛び出した結果、我知らず篠山の八上城と春日の黒井城という、明智光秀公の丹波攻略に頑強に抵抗した2城のふもとをまわっておりました。

 明智光秀公が平定した旧丹波國は現在、京都府と兵庫県それぞれの一部になっておりますが、その光秀公は亀岡や福知山の京都府側では善政を敷いた名君と評判が高いのに対し、八上城や黒井城のある兵庫県側では侵略者としてあまり好意を持たれておりません。
 やはり歴史というものは複雑で重層的で、単純な善悪では測れないものであるということでしょうか。

 写真上・兵庫県丹波市市島町 阿陀岡神社さま前
 写真下・京都府福知山市三和町 川合橋バス停

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