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2012年9月 1日 (土)

本能寺への道・洛中洛外

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 旧国鉄山陰本線保津峡駅の跨線橋から本能寺への道をうち眺めておりますと、ふと明智光秀公のお姿と松竹映画「八つ墓村」の猟銃と日本刀を持って駆ける多治見要蔵(山崎努)の姿とがだぶりました。
 天下の面目を施し、と信長公より褒め讃えられた光秀公には失礼な話ですが、それでもなおかつ夜明け前の山道を駆けるなどと言う行為はなにかに憑かれでもしていないとなかなか出来ることではないような気もします。あ、別に霊とかじゃ無しに自分の欲とかにね。

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 京都洛中のどっかのコンビニの駐車場。
保津峡駅売店のやさしいおばちゃんとお別れして、一本道をそのまま上ると嵯峨野辺りの観光地の石畳の道に出ます。道に水を打っておられたみやげ物屋のおばさんと目が合ったのですが、狡智に長けた鋭い商売人の面貌をしておられ、思わずたじろぎました(そこまで悪く言うことも無いのですが)。

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 本心を申しますと鄙よりあまり出とうはなく、ましてやきらびやかな都へなど。
だがしかし鈴木式織機製作所DR-Z400Sの後輪の交換時期となったためやむなく下郎推参いたす仕儀とあいなりました。
 MICHELIN SIRAC 、3,340km走行で寿命を迎えての交換です。

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 京都洛中ではバイクの單車屋さんの憚りにも作法に則った盛り塩が打ってあります。
天皇陛下は日本国のみならず世界の恒久的平和と人々の安寧な生活を祈ってくださいますが、京の都は天皇家の呪術を持ってしても抑えきれぬほどに怨念がはびこりすぎた、ゆえの事実上の東京への遷都である、というようなことが小野不由美さんの小説「東京異聞」の中で語られておりました。

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