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2012年9月 7日 (金)

いく野の道の遠ければ、の生野はここじゃなかったみたいなので因幡之國・国鉄若桜線若桜駅まで足をのばしたよ

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<前回までのあらすじ>
 但馬生野の銀山湖ですが、湖底には50世帯ほどの集落が沈んでいるそうです。
 「わたしの故郷はこの湖の底なの」とぞのたまう女の子とつきあいたいな〜、と思うのは吉田戦車さんの「伝染るんです」の中の一編の影響です。

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 日本國有鐵道若櫻線若櫻驛です。
国鉄解体後に第3セクターの若桜鉄道となっておるようです。

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 日本國有鐵道若櫻線の終着驛でした。
所在地は鳥取県八東郡若桜町若桜で、株式会社若桜鉄道本社が於かれておるようです。 

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 じつは1981年か82年の春、こちらがまだ日本國有鐵道若櫻線若櫻驛であった頃に一度訪れたことがあります。

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 今でもあるのかどうか知りませんが、山陰ワイド周遊券の自由乗降区間に若桜線も含まれておりまして、それでぶらりとこちらにやってきました。
 駅舎はほとんどそのままで、向かって右側のトイレも位置関係は同じですが、当時の地方の駅のトイレはどこも仕切りこそあるものの中国の厕所(さ〜すお、みたいな発音)と同じようなものであったことを同年代の方は記憶しておられるでしょう。

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 駅員さんがおられてきっぷを販売してくださいます。
もしかしたらお若ぇ衆なんかはきっぷを買う時には「○○駅まで大人1枚」とか申告することが作法であることをご存じないかも知れませんね。きっぷを買う時の気っぷの良さが粋であるとかオトコの勲章であるとされた時代がかつてございましたが、こうして残っているところもあるのですねぇ、しみじみ。

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 あなたの最寄りの駅に貼ってある宣伝ポスターやなんかは小賢しくも陳腐なフォトショ画像やCGなんかで溢れかえっていませんか?
 中国語では「看(かん)」と「見(じぇん)」は見ようとする意思の有無で区別されるということを初歩の段階で学びますが、看よ、この昭和を。
 グラフィックデザイナー(w)とかほざく奴輩には人中を砕く正拳を。この看板屋さんの仕事には刮目を、です。

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 1981年か82年の記憶の中ではもっと煤けた印象で日本家屋のみが並んでおりました。
左に伸びる道は恐らく後付けで正面に伸びる道のみがありまして、駅の前は車がターン出来る小さなロータリーになっていました。舗装ではなくてバラスが敷き詰めてあったように思うのですがここのところは曖昧です。
 その時には終点のこの若桜駅で降りたのが私ともう一人同年代のつっぱり学生のヒトで、このヒトがどうも私にちょっかいを出したそうにしておりまして、ちょっとイヤだなぁと思っておりました。

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