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2011年8月

2011年8月31日 (水)

夏休みの宿題終わってないヤバス・・・これから「羅生門」by芥川龍之介読んで読書感想文書いて学校に持っていく ・ 完結編

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 ネット上でですね、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の著作権フリー読書感想文(何それ?)っていうのがあって、なんだか坊んが野球やってて最後に仲間を信用しなかったばっかりに落球してしまい逆転負けを喫して、そのときぼくは「蜘蛛の糸」の犍陀多(かんだた)のことを思い出していました、とかそんな内容です。人様のことをどうこう言及いたすのは憚りながらこれ書いたやつ頭弱すぎるやろ?こんなのは皆んなでプリントアウトして丸めてドブに捨てるが良きに候です。
 まぁこんな取るに足らん箸にも棒にもかからん二束三文の小物はぼてくらかしといて、あと今探して見つからなかったのですが、どこぞの読書感想文コンクールのようなもので最優秀賞をもらってた、たしか中学生のお嬢がお書きなすった「蜘蛛の糸」の感想文を読んだことがあります。
 そのどこぞのお嬢がお書きなすった「蜘蛛の糸」の感想文の書き出しに『私は聞いてみたい、蜘蛛の糸から落ちた犍陀多(かんだた)に、今どんな気持ちですか?と。』みたいな一文があって、それを読んで私はなんだかもぞもぞと肌触りの悪い衣服など身につけた時のような違和感を感じ「ちょっとお待ちなせぇお若ぇの、この作文が特選だか金賞だかでも心得違いをなさっちゃあいけません。」と思ったものでした。

 何に違和感を感じたのかというと多分おそらくはこの作文をしたためなすったお嬢は、自分の居場所は犍陀多(かんだた)はじめとする罪人たちが血の池に浮きつ沈みつする地獄ではなしに、お釈迦さまのいらっしゃる極楽浄土の方だと思っていなさる、それが上から目線で犍陀多(かんだた)を問いただそうとするかの如き前述の書き出しになっていると思うのです。
 ん〜、お嬢さんそいつはやっぱり了見違いというものでございますと思いますです。正直言って今の私に「蜘蛛の糸」のお釈迦さまや「杜子春」の仙人が何なのかは良くわかっておりません。強いて言えば昔あった「銀河鉄道999」という漫画映画のラストのナレーションで999(スリーナインといいます)という列車やメーテルさんという女のヒトを指して『青春の幻影』という文言が使われておりましたが、「蜘蛛の糸」のお釈迦さまや「杜子春」の仙人もまた『青春の幻影』のようなものではないかと今は思っております。
 ただ「蜘蛛の糸」では結局なんぴとたりとも極楽浄土まで蜘蛛の糸をたどり着くことは出来ず、お釈迦さま以外の一切衆上あまねくすべては地獄で浮きつ沈みつただため息だけをついている、これは芥川龍之介は死後の世界・地獄に仮託して人間が生きるということはこういうことなんだよ、と言っているのだと思います。
「杜子春」で仙人が喋っちゃダメだよ、でも後であの時喋らなかったらオマエ殺してたかんな、と絶対にクリア出来ない条件を出していたのも、人から裏切られても無常を感じても人が生きるというのはそういうことなんだよ、しっかり生きたらええがな、とそういうことだったんだと思います。
 もしかしたらお嬢は「わたし悪いことなんかしないから地獄なんか関係ないもん」とか思うかも知れませんね。でもそれは良いとか悪いとかの問題ではないと思うのです。是非に及ばずなのです。「是非に及ばず」は良いも悪いもない、という意味で織田信長公が本能寺にて推任日向守(これとうひゅうがのかみ)明智光秀公が謀反を起こされた時に言われた言葉で、かっちょいいので折に触れ使ってみて下さいね。
 話がそれましたが、良いとか悪いとかの問題ではない、是非に及ばずと申すのは、ちょっと考えてみて下さい。お嬢が今中学生だとして産まれてからこれまでにどれほどの牛さんや豚さんや鶏さんやお魚さんを食してきたかを。お米やお野菜も植物という生物であることを。
現代の世の中の成り立ちというのはこういうことをあまり見たり考えたりする必要はないようにそれなりによく出来ているのでしょうが、やはり人間は生きている限りは他の生き物の生命をいただかなくてはいけない、弱肉強食の法則から逃れることの出来ない現実なのだと思います。そこが仏さまの(?)お釈迦さまや霞を喰って生きていける(たぶん)仙人とはちがうところ、極楽浄土にはたどり着けず、仙人になれない理由なのだと思います。
 だから私は即ち犍陀多(かんだた)、あなたも即ち犍陀多(かんだた)なのでございます。
「蜘蛛の糸」という「気づき」にさえ気づかなければ犍陀多(かんだた)ですらない、無明の闇の中に沈んだままの名もない「罪人」にすぎないかもしれないのです。

 しかし「羅生門」、救いのないお話ですね。
これは「蜘蛛の糸」で罪人たちがのたうつ地獄を荒廃した平安朝の都に舞台を移したものでしょうか。洛陽の西の城門でたたずむ杜子春の前に仙人が現れなかった場合の、馳星周さんや花村萬月さんの小説みたいなノワールっていうのですか?クライムノベルみたいな極限のリアルバージョンですね。
 これはもうやっぱり是非に及ばずでしょ?下人のヒトも老婆のヒトもこうしないと生きていけないのですから。
 ただし芥川龍之介がこの「羅生門」の最後で「下人の行方は 誰も知らない」と突き放しているのは、この下人がただ生きていくことにのみ流されて、「蜘蛛の糸」をたどるが如き、また仙人の修行に耐えるが如き、ニンゲンとしての正しいココロの持ち方、みたいなものの軸がきわめて弱かったがため、と思っておりますのですがどうでしょう。

 坊んやお嬢のがんぜないお子たち、諸子は国の宝なり。平時に処し猶克く精進なさり、日本民族の福祉と世界人類の為 最善を尽くされますように。

2011年8月29日 (月)

夏休みの宿題終わってないヤバス・・・これから「羅生門」by芥川龍之介読んで読書感想文書いて学校に持っていく

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 一般的には芥川龍之介だと「蜘蛛の糸」を小学校で、「杜子春」を中学校で、「羅生門」を高校の教科書で習うのでしょうか?
 私は「羅生門」は学校では習わなかったので実はこれまで読んだことがなかくて、わりと最近にNHK第2放送の高校国語講座で朗読を聞くまでは芥川龍之介の「羅生門」というのは、屈強のお侍さまが鬼の腕を切り落としたものの、数日後に逆襲の鬼に腕を取り返されるお話なのだと本気で思っていました。これは「羅生門の鬼」というお話ですね。
 なおかつそのお侍さまの偉業を讃え賞賛する人々が現在でもひきもきらず、お侍さまの墓所近辺では交通渋滞まで頻繁に発生している・・・と勘違いをしていたのですが、これは京都府亀岡市に頼政塚交差点というところがあって、山陰道国道9号線がいつもここのところで渋滞しているのですが、源頼政公は鵺(ぬえ)を退治した方で「羅生門の鬼」のお侍さまは渡辺綱というお方ですね。
 まったくもっていろいろとヒドい勘違い思い違い心得違いをいたしておりました。
それではこれより灯火に書をひもとかせていただきたく、率爾ながら今宵はこれまでにて失礼つかまつるでござる。

2011年8月25日 (木)

「杜子春」芥川龍之介〜の読書感想文を書いたので明日”走る性的嫌がらせ號”で学校に提出に行く〜「杜子春」もアンパンマンのマーチだ

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 「杜子春」を学校の教科書で習ったのは中学1年生の時ですね。何故か授業で黒板に「杜子春」の似顔絵を描かされたのでよく憶えております。
 この時に「杜子春」を読んで思ったことは「仙人ズルくね?これじゃどうやったところで結局仙人にはなれないじゃん」でした。今回読み直してみてこの感想はあながち間違ってはいなかったな、と思いました。

 「杜子春」は中国の「杜子春伝」というお話をもとに書かれたそうですが、かなりのところお釈迦さまの物語が織り込んであると思いますのですがどうなのでしょう。
 お釈迦さまはまだお若ぇ時分に(ここからコピペ)『釈迦が王宮にいたとき、城から遊びに出ようとした。東の門から出たときには老人、南門では病人、西門では死者を見た。ところが、北門から出たときに 出家者が歩いているのを見、心を強く動かされ、出家を決意したといわれる。「生老病死」といった人間の本源的な苦悩の解決が出家の目的だったのである。そして苦行の後成道した。』のだそうですが、「杜子春」冒頭はまさにこのエピソードを彷彿させます。
 また、杜子春が峨眉山の絶壁の下で仙人・鉄冠子を待つ場面もお釈迦さまが菩提樹の下で悟りを開かれたときのお話を思い出させます。(ここからコピペ)『釈迦が成道した際に、魔王波旬が娘を派遣して釈迦の心を乱そうとしたり、また睡魔などの12の軍勢を送って釈迦を悩ませたが、釈迦が地面を触った瞬間に退散したという。

 「蜘蛛の糸」で極楽浄土にいらっしゃるのはお釈迦さまただ一人のようでした。
「罪人」と呼ばれておりますが、犍陀多(かんだた)はじめとしてあまねくすべての一切衆生は血の池の底に浮きつ沈みつし、暗闇の中にたまさか浮かび上がって見えるものがあるかと思えば針の山に如かず、たまに聴こえるものといっては地獄の責め苦に疲れはて涙も枯れ果てた罪人たちのつく微かなため息ばかりであると。
 地獄で他の罪人たちと孤独や絶望のうちにあがいてもがいて、そしてアンパンマンのマーチに『なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ わからないまま おわる そんなのは いやだ!』とある、その答えを求めるが如く蜘蛛の糸を上っていくことが生きることなのだと感じたのでございます。『そうだ うれしいんだ 生きる よろこび たとえ胸の傷がいたんでも』というアンパンマンのマーチの歌詞は『生きることは苦である、しかしこの世は美しい、人の命は甘美なものだ』というお釈迦さまの言葉にも通じると思います。

 杜子春を導いたのは仙人の鉄冠子ですが、目指したところは犍陀多(かんだた)がめざしたお釈迦さまの極楽浄土とさほど変わらないと思います。結局中学生の時の私が考えたように結局どうやったところで杜子春は仙人にはなれない、犍陀多(かんだた)が結局は蜘蛛の糸を上りきれないのと同様に。
 これはたとえ富貴と没落をくりかえし「人間というものに愛想がつきたのです」と言っても、人間は人間の中で生きていくしかない、『時は はやく すぎる 光る星は 消える だから 君は いくんだ ほほえんで(アンパンマンのマーチ)』ということなのだと思います。

 蛇足ですが閻魔大王のもとでお馬さんになってる杜子春のお母さんが囁く場面、話の進行上必要だしおかしいところは無いのですが、どうしても唐突な感じはしませんか?
 今回文庫本の巻末の解説まで読んで初めて知ったのですが、芥川龍之介は生後7ヶ月の頃にお母さんが発狂し、その後に無くなっているのだそうですね。う〜む、知らなかった・・・。
 摩耶夫人というお釈迦さまのご母堂もお釈迦さまの誕生7日後に亡くなっているらしいので、このへんのところで芥川龍之介には特別の感慨があったのかもしれませんね。

2011年8月22日 (月)

「蜘蛛の糸」 芥川龍之介〜の感想文を書いたので明日”走る性的嫌がらせ號”で学校に提出に行く〜「蜘蛛の糸」はアンパンマンのマーチだ

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 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を学校で習ったのは小学校のまん中あたりの学年だったでしょうか。あまりよく憶えていないのですが、内心では「犍陀多(かんだた)は馬鹿だ、俺なら自分が極楽までたどり着いて身の安全が確保されてから、他の罪人たちが上ってくる蜘蛛の糸を揺らすなりちょん切るなり賢く立ち回るぜ。」などと思いながら「犍陀多(かんだた)はやっぱり自分だけ助かろうとする利己的なココロが良くなかったと思います。」などと、”良い子の意見”を発表なり感想文にしたためるなどしたのではないかと思います。
 今では”良い子の意見”などしてオトナの歓心を買う必要など全くないので思うがままに。

 「蜘蛛の糸」は地獄の描写が圧巻です。「杜子春」が地獄では焼かれたり皮を剥がれたり舌を抜かれたりして、悪く言えばオーソドックスな、漫画的な「地獄の責め苦」を受けているのに対して「蜘蛛の糸」は地獄にそういう描写はありません。
 犍陀多(かんだた)はじめとする地獄に堕ちた罪人たちは血の池の底に浮きつ沈みつし、暗闇の中にたまさか浮かび上がって見えるものがあるかと思えば針の山に如かず、たまに聴こえるものといっては地獄の責め苦に疲れはて涙も枯れ果てた罪人たちのつく微かなため息ばかりであると。

 この居家過日子(じ〜じゃぁぐぉりぃづ、みたいな発音。日常の生活を送るの意味)での人在江湖、身不由己(れんざいじゃんふ〜、しぇんぶよ〜じ〜、みたいな発音、とかくこの世はままならぬの意味)なかんじは、芥川龍之介がこの地獄を決して死後の世界のお話として描いているのではなくて、この世で生きていくことのの比喩として描いているのだと思います。
 唐突に中国語が出てきたのはちょっと知ったかぶりをしたかっただけなので無視していただいて、蜘蛛の糸が”善”とか”正しいココロ”の比喩であり、生きている限りそれに依って向上しなければならないしそうしたいのだが、それがままならないのが生きていることだと。
 それでも地獄にのたうち、たとえ何度落っこちようとも蜘蛛の糸にすがり上を目指すことに、そこに生きていることの価値があるのだと芥川龍之介は言っているのではないかと思います。

 

「アンパンマンのマーチ」の歌詞

 しかしやっぱりもしも犍陀多(かんだた)が正しいココロを持っていて罪人たちもみんな極楽浄土に上がってきたら、それは「地獄が満員になると使者が地表を歩き出す」というジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」になってしまうので、やっぱり誰にも蜘蛛の糸を最後まで上がりきることは出来ないのでしょう。

2011年8月12日 (金)

明智光秀公の御霊を鎮めるよ

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 ごはんにかける納豆を買いに食料品店に行ったところ目抜き通りはかくのごとく。
明日から明智十兵衛光秀公のこの地での善政に感謝いたし、無念の御霊を鎮めるBON-DANCEが始まります。

 丹波之國にはカリスマ的かっちょいい大名もいないし名だたる名城、難攻不落の堅城のたぐいも無いのですが、逆にそれが攻めるに難しかったのだとか。
 單車でちょこまか走り回るのに丹波地方のどこがどうつながるのかわけのわからん地形は本当に楽しいのですが、戦国時代、ここのところに大軍を進めるとなると本当にどこから奇襲されるかわかったもんじゃなかったでしょうね。
 信長公の命によって丹波地方を平定した推任日向守(これとうひゅうがのかみ)明智光秀公は「天下の面目をほどこし候」とお褒めの言葉を信長公よりいただきました。

2011年8月 9日 (火)

ものすごくえっちな写メ撮れたのでうPする〜摘発上等アグネスかかってこいや ・ 續集

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2011年8月 8日 (月)

ものすごくえっちな写メ撮れたのでうPする〜摘発上等アグネスかかってこいや

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2011年8月 7日 (日)

無題モラトリアム

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 陸上自衛隊で偵察や連絡に使われるHONDA XLR250(手前)とKawasaki KLX250(奥側)です。
 偵察となると最前線からさらに敵の前面まで突出するわけで、乗務員の方々は超絶的な技巧をお持ちであると聞き及んでおります。闇夜に無灯火で山中を走る訓練などもあるのだとか。

2011年8月 2日 (火)

無題モラトリアム

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 豊田式自動織機製作所謹製希望號(トヨタ ウィッシュ)の車窓よりです。今日の画像と見せかけて実は去年の9月2日の画像です(ひでっ!)
 つい最近会社で借りてもらっている駐車場で私の豊田式自動織機製作所謹製希望號(トヨタ ウィッシュ)がちょこっとなんですけどこすられていました。下手人は名乗り出ませんので、台湾道教異端派の道術による呪いをかけておきました。

たこやきレーサー

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 柴犬さんのお見送りを受けます。

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 「おいしいたこやき、400円でどやっ !? 」を求めてあと50マイル、南へ走ります。
BOROというひとが「ネグレスコ・ホテル」という歌を歌っていて、詩がなんだかせつなくもブンガク的でむっちゃかっちょいいのですが、サビの部分の詩はなんじゃこりゃ?ダンスはうまく踊れないby高木澪ですか?でちょっと面白いです。

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 たどり着きました。「たこ焼き あさの屋」さんです。京都府福知山市半田・お盆の夜に「大」の字が浮かぶ山のふもとにあります。
 晴れていたらもっと夏っぽい写真になったのにな、と惜しまれます。

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 大玉6個入りで400円です。おじさんは20年ほどずっとスーパーの店頭でたこ焼き屋さんをやっておられたそうで、ここの店は今年の7/1からなのだそうです。
 坊んやお嬢のがんぜないお子たちがかき氷(100円です)を食べにきたり、部活帰りの女子中学生が立ち寄ったりしておりました。

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 嗚呼、中学校の部活の時にグランドからいつもこの山を眺めておりました。
近辺の單車乗りの方は是非来るがよろしいです。この場所に第三京浜保土ヶ谷PAみたいに色とりどりの單車が整列する様を妄想しておりました。

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 おうちに帰って柴犬さんにお手をするまでがツーリングです。うちの柴犬こう太さんは私がどこかで何か食べて帰ったのをスルドく嗅ぎ付けました。

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