« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011年7月27日 (水)

SUZUKI DR-Z400 性的嗜好

Img_iphone0207

 この前の日曜日にツーリングなどいたしておる時に乗車用手袋と乗車用外套の袖の間に隙間ができていたようで、そこのところに燦々と紫外線が降り注ぎ、かくのごとくていたらくとあいなりました。
 あたかも昨夜の嗜虐被虐とかの性的プレイの痕跡を我と我が身に残してその余韻に浸っているかのようでうれしはずかしいです。
 鈴木式織機製作所謹製外道單車SUZUKI DR-Z400は、性的な嗜好によってS/Mの二つのタイプから選ぶことが出来ます、というのには若干の嘘が含まれていますが、SとSMの二つのタイプがあるというのは本当です。

2011年7月26日 (火)

香港映画「七福星」におけるヤマハ DT200R(37F)についてなど・續集

Img_iphone0206

 「飛べ、より遠く。DT200R」というすこしこっぱずかしい表題の書籍です。
出版社は山海堂で、昭和59年8月20日の初版、定価は980円で巻末にパーツリストの縮刷版が載っているのでお得でした。
 この時代には單車一機種につき一冊この本が出ておりました。しかし文京区本郷にあった版元の山海堂さんは2007年で倒産されたそうです。

 この本を見ていて気がついたのですが、DT200R(37F)の排気管は乗っかって左側だったのか。つまりは日本の道路では歩道側で、法令によって單車の排気管はすべて右側にしなければならなくなっているのだと思っていました。
 DT200R(37F)の排気管の取り回しについての記憶は曖昧ですが、つらつらおもんぱかるに確かに水冷式冷却装置ならびにその覆板の側にはYPVSのモーターみたいなのがあって、排気管はその反対側にあったような気がします。

 昨日の書き込みで「乾燥重量99kgに最高出力30psはパワーウェイトレシオで130kg/40psの鈴木式織機製作所謹製外道單車DR-Z400Sを上回るのではないでしょうか?」などと適当なことを書いてしまいましたが、実際には僅差でDR-Z400Sの勝ちですね。32psに最高出力の上げられた2型DT200R(1TG)がDR-Z400Sのパワーウェイトレシオを上回ります。
 37FのDT200Rはミッションの1速がローギアすぎて2速へのつながりが最悪だったので、そこの改良された1TGがうらやましかったです。

2011年7月25日 (月)

香港映画「七福星」におけるヤマハ DT200R(37F)についてなど

Img_iphone0201

 1985年・香港映画「七福星」のワルいヒトです。

Img_iphone0202

 ワルいヒトは3人組ですが、おひとかたは免許を持っておられないのかタンデムでの悪事への参加です。赤ヘルのこのヒトは倉田保昭さんでGメン’75の草野刑事とか和製ドラゴンとかのヒトです。

Img_iphone0203

 ワルいヒト3人組の為せる悪事です。ひとさまがお亡くなりになっています。

Img_iphone0204

 おぉ!悪事に使われたこの單車は浜松・山葉風琴製作所謹製外道單車DT200R(37F)!

Img_iphone0205

 ジャッキー・チェンさん扮するマッスル刑事(・・・)にタックルされてしまいました。燃料タンクが黒く塗られてはいますがまぎれも無くYAMAHA DT200R(37F)です。
 ’85年当時の私の愛車でもあり富士に丹沢の林道やら地元丹波周辺の林道など、または桶川の初心者向けコースなど走り回りました。真夏の東名高速愛知県あたりで焼き付かせてしまったこともあります。
 こうして今見てみるとフレームにFフォークにスイングアームなんかも細くて華奢です。前後緩衝装置の行程も驚くほど短かそうです。(確か最初期型セローと同じだったと思います。)
 しかし、乾燥重量99kgに最高出力30psはパワーウェイトレシオで130kg/40psの鈴木式織機製作所謹製外道單車DR-Z400Sを上回るのではないでしょうか?めんどうなので計算はしませんが。
 たぶん自分が一番楽しかった頃に乗ることが出来た單車で、これまで所有した中で最も記憶に残っていて、もう一度乗ってみたい單車筆頭です。
 イグニッションキーをONにした時の「み〜み〜、みぃ〜」っていうすこし間抜けなYPVSの作動音が懐かしいです。

 しかしそれにつけてもサモハン・キンポー(洪金寶)はこの作品でもジャッキー・チェン(成龍)やユン・ピョウ(元彪)を客寄せパンダにして、おいしいところは自分が持って行ってます。ロザムンド・クヮン(關之琳)姐さんの透け乳首が見たい人にしかおすすめはしません。 

丹波に出雲という所あり〜いざたまへ、出雲拝みに * 第3集

Img_iphone0198

 丹波の出雲という所をおいとまいたしまして、帰路は国鉄山陰本線沿いにまいります。
胡麻駅です。京都府南丹市日吉町胡麻角上というところにあり、意外ですが総延長のむっちゃ長い山陰本線の中でもっとも標高の高い駅なのだそうです。

Img_iphone0199

 無事帰り着きました。本日の走行距離です。洛中西大路五条まで、帰りは若干の寄り道遠回りをいたして191.7kmでした。

Img_iphone0200

 使用したガソリンは5.98Lでございました。割り算をいたして燃費を算出すると32.0568562km/1Lで、つくづく鈴木式織機製作所謹製外道單車DR-Z400Sは燃費の良い單車でございます。

 余談でございますがうちんちの市内に鬼伝説の大江山というところが御座いまして、物語などで「大江山の鬼が夜な夜な京の都に出没して・・・」などと申しますが、往復で約200kmです。昔ですと五十里とかでしょうか?騎馬であっても夜な夜な出没はちょっとキツいと思うのですが、これはかつては京都と亀岡の間の老の坂峠のあたりを大江山と呼んでいたのと混同しているのでしょう。
 百人一首の「大江山 いく野の道の遠ければ まだふみもみず 天橋立」by小式部内侍の「大江山」も老の坂峠あたりのことなのだそうです。

2011年7月21日 (木)

丹波に出雲という所あり〜いざたまへ、出雲拝みに * 續集

Img_iphone0189

 到着いたしました。BMW R1200GSの側車仕様などが停まっておりました。
しかし境内に入らせていただくと、こちらの鳥居は横からの入り口のようでした。

Img_iphone0190

 姉川の戦いにおける榊原康政隊の如く側面から突入したのでは不敬なような気がいたしましたのであらためて正面から。

Img_iphone0191

 京都府の亀岡市にあります出雲大神宮です。

Img_iphone0192

 ぼうや、としよるまでおがまざりければ、こころうくおぼえて、あるときおもいたちて、ただひとり、かちよりもうでけり。
 單車でまいったので、かちではありませんし、これは徒然草の別の段ですね。

Img_iphone0193

 本殿に大国主命さまと奥様の三穂津姫尊(みほつひめのみこと)さま。近くの保津川・保津峡はこの三穂津姫尊(みほつひめのみこと)の名前からつけれれたのだそうです。
 兵火で失われたそうですが、かつては36の摂末社があったそうです。思わず劉家輝主演の香港映画「少林寺三十六坊」を思い出しましたが、福建少林寺は架空の寺です。
 うしろのご神体山は神域につきはいってはいけませんでした。

Img_iphone0194

 こちらは縁結びの神さまとしてたいそう人気があるそうで、私のようなむくつけき漢一匹お参りいたすはちょっとだけうれしはずかしかったです。

Img_iphone0195

 こちらが兼好法師の徒然草で語られた狛犬さんです。
さがなきわらはべどものつかまつりける。坊んやお嬢のがんぜないお子たちが狛犬さんを後ろ向きにしてしまっていたのだそうです。

Img_iphone0196

 空がむっちゃ夏です。

Img_iphone0197

 狛犬さんの前に立て札がありました。「いざたまへ」とか「あなめでたや」とか「いとめづらし」とかのかわいらしい古語は現代日本語に復活していただければ日々楽しからんやです。

2011年7月20日 (水)

丹波に出雲という所あり〜いざたまへ、出雲拝みに

Img_iphone0187

 山陰道を上り京の洛中にて單車の車輪を交換していただいた帰りに国鉄山陰本線亀岡駅前にて地図を確認しております。オトコらしくてかっちょいい呼び名の「国鉄」がJRなどとたわけふぬけたような呼び方をされるようになって以降、山陰本線のこのあたりの部分を嵯峨野線などと女子供に媚を売ったような呼び方をするようにもなりました。

Img_iphone0188

 私が出家して仏道にはいる前(うそです)、愛欲と淫蕩にまみれたパンツをはく暇もないような生活をしていた頃に(うそです)、この亀岡駅で出会い系の女人と待ち合わせたことがありましたが(これは本当です、すみません)、その頃の亀岡駅は実に「驛(駅の旧漢字)」なかんじでしたが、いつのまにか小賢しい建築家ががんばっちゃったみたいなウスラつまらん駅に建て変わっていました。
 ただ、能勢温泉の送迎バスがオトコらしくてちょー素敵!です。

つづく

2011年7月12日 (火)

さらば恨ミシュラン シラック 〜 いいタイヤです。

Img_iphone0183

Img_iphone0184

 鈴木式織機製作所謹製外道單車DR-Z400Sに装用の後輪タイヤ、MICHELIN SIRACです。つるぺたの貧乳状態です。
 前回は去年の11月下旬に交換してから約3,300kmの走行でかくのごとき体たらくと相成りました。
 私の場合ミシュラン シラックの後輪は大体3,000km〜3,500kmで寿命を迎えております。
こちらが勝手に思い描くイメージほどには耐久性に優れている、というわけではないようです。

Img_iphone0185

 店舗で他のタイヤなども移りにけりないたずらにながめせしまにしておりましたが、このミシュラン シラックのブロックの高さをCカップだとすると、ダンロップのD605などはE〜Fカップくらいの爆乳ぶりでございまして、このへんのことも耐久性に関与しておるのか知らん、などと考察いたしておりました。
 ともあれ、このミシュラン シラックの耐久性について不満を持っているわけではございません。他の面でもこれは本当にいいタイヤだと思っております。

Img_iphone0186

 今回は前輪のタイヤが残っておりましたので前回同様舶来品のSIRACを選択いたしましたが、次回からは住友とか石橋とか井上とかの国産製品を選択することにいたしたいと思っております。

2011年7月 5日 (火)

犬、その他の動物の観点による花火についてなど

Img_iphone0181

 この前の土曜日だったか日曜日だったかに、光秀公が治水に尽力された由良川の堤に柴犬のこう太さんとお散歩に行ったのですが、その日はぽんぽん花火があがっておりまして、柴犬のこう太さんは恐慌を来たしておりました。
 犬の仲間のヒトは花火や雷をたいへんに恐れておられまして、その日その場所でそのような行事があることを知らなかったこととはいえ相済まないことをいたしてしまいました。

Img_iphone0182

 この写真はチョーてきとうに合成しております。上の写真は彼岸花〜曼珠沙華みたいで気に入っております。

吉田戦車さんの創作によるダムダム人についてなど

Img_iphone0180

 すこし前まで兵庫県の出石郡だったけど豊岡市の武力侵攻により同市に併合されてしまった但東町畑山の但東ダムです。
 たまたま立ち寄っただけでここを目的としたツーリングをしていたわけではありません。

 吉田戦車さんの「伝染るんです」にダムダム人というダムのヒトがいたのを思い出しました。
ダムダム人のキャラクターはともかく、ヤクザのヒトによるダムダム人の物語の創作だとか、その新作を心待ちにしているヤクザの仲間のヒトたちだとか、吉田戦車さんのダムダム人は天才とその反対の方を行ったり来たりしているようなちょっとものすごい創作であったと思っております。

2011年7月 4日 (月)

新興宗教オモイデ教特別編・蝶類図鑑〜オナガミズアオ・オオミズアオ、またはドクガンダーについてなど

Img_iphone0179

 すこし前まで兵庫県の出石郡だったけど豊岡市になってしまった但東町のおそば屋さんの駐車場でこと切れておられました。
 蚕が成虫になったヒトだと思ったのですが、名前が思い出せませんでした。仮面ライダーの悪の秘密組織ショッカーのドクガンダーは思い出せたのですが。

 しかし帰ってから、蚕が成虫になったヒトはこんな胡蝶(中国語でふ〜でぃえ、みたいな発音をします)のような羽根だったかな、と思って調べてみるとこのヒトはオナガミズアオかオオミズアオという、蚕の仲間ですが少し珍しい種類のヒトらしいです。

 京都の河原町通りから少しはいったところに「蝶類図鑑」というジャズ喫茶があって、1986年か87年に一度だけ行ったことがあります。なんちゅうかジャズの通のヒトのためのお店で私などには相当に敷居が高かったのですが、ここのマッチ箱の意匠が非常によろしいものであって、半分それを目当てで行ってそのマッチ箱は美大卒の女の子にあげた、他の人にとっては本当にど〜でもいいけど自分にとってはほろ苦くも甘酸っぱいオモイデがあります。やはりこの「蝶類図鑑」も今はなくなっているようですね。

2011年7月 1日 (金)

香港映画「五福星」におけるヤマハ RZについてなど

Img_iphone0175

 ジャッキー・チェン(成 龍)さんです。
1983年の香港映画「五福星(奇謀妙計五福星)」を見ております。サモハン・キンポー(洪 金寶)監督で、日本ではサモハンとジャッキー・チェン、ユン・ピョウ(元 彪)の主演として公開された記憶があるのですが、実際にはジャッキー・チェンとユン・ピョウのご両人は完全に客寄せパンダ的な扱いで、後の不仲の原因がこのへんに潜んでいそうです。

Img_iphone0176

 ジャッキー・チェンさんが騎っているのは往年の名車、ヤマハRZです。二行程発動機(2ストロークエンジン)搭載でナナハンキラーと呼ばれた350ccと車検のいらない250ccのタイプがありました。
 所有したことは無いのですが、人様の350ccタイプを借りて乗ったことがありますが、全開加速をすると何もしなくてもフロントがぽん!と浮き上がりました。YPVSとかの排気デバイスはこの型のRZでは装備しておりませんので二行程発動機的性格丸出しでございました。

Img_iphone0177

 RZ250の輸出仕様・RD250LCのようです。白に赤系ラインのRZは日本では馴染みが無いですが、Googleさんで「RD250LC」で画像検索をかけると、日本で馴染みの白に青系ラインのものよりもこちらのカラーの方が多く表示されます。
 RZ250の黒に金色ラインのタイプもJPS煙草スポンサーのロータスF1マシンみたいで格好良かったと思っております。

Img_iphone0178

 フロントのディスクブレーキを350ccバージョンと同様にダブルディスクに改造してあるようです。発動機そのものも350ccに改造した車両も数多く存在しました。
 この時代に私が騎っていたのはホンダのスーパーホークIII (CB400D)、燃料タンクのラインがシルバーで短い後期型の赤色タイプでございました。
 昭和も遠くなりにけりでございますね。

 

自家用車購入借款〜マイカーローンについてなど

Img_iphone0174

 この商業宣伝媒体の昭和な感じは目を引きますね。「マイカーローン」の書体とか写真の色調とかちゃんと狙って醸し出したものだと思います。
 だがしかしスーパー定期預金の金利ですら0.0何%とかそんな時勢に、近いうちになし崩しのうちに消費税は10%とかそんな時勢に月賦払いで車なんか買いたくないです。

 最近、たぶん震災の影響だと思うのですが、生命保険の会社のヒトがひつこくスルドく契約の見直しを迫ってきます。お若ぇ娘さんと達者なかんじのオバさんがペアで来るのですが、このオバさんの方がまるで立て板に水といったかんじで、ここを先途と喋りまくります。
 もう本当に天下分け目の戦いとか天王山とか、桶狭間と鵯越と川中島をいっぺんにとかそんなかんじで喋りまくりますけど、私はこういう口の立つヒトに心中深くのところで深く深く反感を抱いてしまうのですね。日本生命はうちんちにはあんまり巧言令色なヒトをよこさないように。

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28